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中川龍太郎

詩や小説をはじめ、さまざまな表現の場で活躍する映画監督・中川龍太郎さん。中川監督の原点や、創作への向き合いについて、ざっくばらんにお話を伺いました。新作「四月の永い夢」がただいま全国順次公開中。

1990年神奈川県生まれ。
詩人としても活動し、高校生のときに詩集「詩集 雪に至る都」(2007)を出版。
やなせたかし主催「詩とファンタジー」年間優秀賞受賞(2010)。さらに国内の数々のインディペンデント映画祭にて受賞を果たす。


<WORKS>
『Calling』(2012)
『雨粒の小さな歴史』(2012)
『愛の小さな歴史』(2014)
『走れ、絶望に追いつかれない速さで』(2015)

新作『四月の永い夢』(2017)が、第39回モスクワ国際映画祭コンペディション部門に正式出品、国際映画批評家連盟賞、ロシア映画批評家連盟特別表彰をダブルで受賞。2018年5月12日(土)から新宿武蔵野館ほか全国で順次公開。 公式サイト

中川龍太郎を、つくったもの

―― 今日は人間、中川龍太郎を深堀りしたいなと思います。聞きたかったのが(詩集を取り出す)これ。

中川 買ってくださったんですね。いやー、10年前ですよ。(プロフィール欄を見て)顔がやばくないですか。


詩集 雪に至る都(2007)

―― いえいえ。プロフィールによれば6歳のときから詩をつくってきたと。好きな作家は三島由紀夫、ランボー。詩人のアクチュール・ランボーですか。ふつうは映画の「ランボー」ですよね(笑)。

中川 高校時代にはまっていたんです。

―― この詩集は、高校時代に書かれたわけですもんね。

中川 好きだった子が当時、小林秀雄が好きだったのかな。ランボーも好きだったな。まあ要するに、かぶれていたんですね。

  

―― かぶれ方っていろいろあると思うんですけど、どうでしょう。

中川 ずっと隠していたんです。友だちにも詩集を出版したことも言っていなかったし、中学・高校時代は、運動をやっている人ってかっこいいじゃないですか。ランボーや三島由紀夫を読んでいることをかっこいいと思わなかったから、人には言わなかったですね。

―― 周りの友だちは知らないわけですか。

中川 文学や映画の話って高校時代にはしたことないです。ぼくが大学に入って映画を撮り出したら高校時代の友人はみんな驚いていましたね。「なんでいきなり始めたの?」とか言われるような。詩集はバレてしまいましたけど、周囲にはあまり言っていなかったです。堂々とやるものではないじゃないですか。

―― ぼくが読んで感じたのは、レトリックなどそういった技法が先行していなくて。等身大というか、伝えたい内なるものがふつふつ沸いているような印象です。それを言語化して、結果として詩が完成されたんだなと思いました。

中川 詩って政治的だったりしますね。根っこに昭和への憧憬のようなものがあるんだと思います。たとえば「ウルトラセブン」にも政治的な話があって。実相寺監督のメトロン星人など有名なエピソードがあるじゃないですか。松竹ヌーヴェルヴァーグの大島渚がいて。

そして大島渚の時代を調べていくと、三島由紀夫や大江健三郎が出てきます。そういう意味では情緒的なところよりかは、伝えたいものとして政治的なものだったり、昭和史だったり、そういうものに対しての興味からスタートしていた気がしますね。

―― そういった興味の原点が枝葉のようにいろんな方面で広がっていって、いまの中川さんをつくっていったんですね。

中川 いま思えば、ウルトラセブン、三島由紀夫、あとはスタジオジブリが小さい頃の自分をつくった三大要素かもしれないです。

―― おっ、ジブリ作品はこれまでご覧になっていましたか。

中川 うろ覚えなんですけど、幼稚園のときにホールで「魔女の宅急便」の上映会がありまして。実はキキが初恋だったんです。

―― …え?

中川 まあ、いま「キキが大好き」だとロリコンと思われるけれど、当時4~5歳からしたらキキは年上の14歳のお姉さんなんです。盛大なパンチラをしているし。パンチラじゃないかあれ(笑)。「将来、こういうお姉さんと結婚したいな」って思ったんです。あとは小学生のときに『「もののけ姫」はこうして生まれた』っていうドキュメンタリーにはまりましたねえ。

―― ありました、テレビマンユニオンのドキュメンタリー!長編の名作ですね。

中川 そう、何時間もぐるぐる、何度も観るんです。たぶん10周くらいしていると思いますよ。あの作品を観て自分でなんとなく「ぼくはこういう仕事するな」って思ったんです。絵が描けないからアニメはつくれないなって思いましたけど。

―― その感覚を持ったのって、小学校の頃ですよね?

中川 そうですね。小学校3年生の頃かな。そのドキュメンタリーをVHSで観たんですね。ずっと観ていて感じるのは、まずあれって観念を具象化する作業じゃないですか。要するに、頭の中にある自然やらと人間の文明って抽象的ですよね。烏帽子とかアシタカとかキャラクターに置き換えて、宮崎駿監督はしゃべりながら描いていましたよね。あのかんじが自分のなかでしっくりきたのかもしれない。

―― 宮崎駿監督って、描きたいシーンから広げていきますよね。途中、「もののけ姫」が大ヒットしたときの記者会見のおぼろげな記憶がずっとあったんです。社会人になって見直す機会があって「わたしはなにをつくったのかわからない」というようなセリフで鳥肌が立ちました。

中川 すごいですよね。わかっていることをつくるのではなくて、つくることでわかろうとしていることなんですよね。ふつうはわからないことつくったら退屈になりますからね。ディティールもすごいし、たいしたものだなあと。話は変わりますけど高畑勲監督のドキュメンタリー、WOWOWで放送してました?

―― ありました、ありました。

中川 DVDもちゃんと買いましたよ。高畑勲監督のドキュメンタリー、新鮮でおもしろく拝見しました。宮崎駿に負けないくらい好きですよ。

―― 高畑勲さんに「アニメーション、折りにふれて」という本があって。とにかくわかりやすい。実写化することのむずかしさが書かれていて。高度なことを言語化することがなんて上手いひとなんだろうと思ったんです。一言でいうと「アニメの実写化は、たいへんな作業」ということなんですが、スパンと頭の中入ってきました。

中川 昭和の東大出身者というのか教養人って感じがしますよね。

―― ドキュメンタリーのなかで本棚がちらっと映ると「あっ」と思って見ちゃうんですね。

中川 いかにもな本が多いんじゃないですかね。フランス文学とかね。

―― 専門がフランス文学ですもんね。

中川 実は、映画「四月の永い夢」は、もともと「おもひでぽろぽろ」の実写がつくりたいというコンセプトから始まったんです。物語はまったくちがいますけどね。「おもいでぽろぽろ」のような作品をつくりたかったんですね。

おもしろいものは、境界線にある。

―― おー、それはびっくりです。詳しく聞かせてください。

中川 「おもひでぽろぽろ」って大ヒットしましたよね。それまでジブリって、興行的に苦戦していたと言われていて。で、なぜヒットしたかというと、実写に近いことをやったからなんです。そしてアニメーションにしかできないこともやっている。「おもひでぽろぽろ」は実写の持つ魅力を取り込んだ、記念碑的な作品だと思うんですね。

―― アニメ史におけるエポックメイキングな作品だったんだ!

中川 ぼくらの世代からすれば、邦画実写ってアニメにずっと押されている情勢になっていますが、「おもひでぽろぽろ」が一つの決定打となったのではないかな。つまりアニメーションというのは、実写が描いているものを取り込んで、その魅力をさらに高めることができる。新海誠さんは、まさにそういう存在だと思うんです。実写とアニメの境界線のせめぎ合いの中で、アニメが持っているよさを取り込めるようにならないと、実写はなかなか勝てないですね。

―― ではどうやって勝つか、ですかね。

中川 そういう意味では、そこの中間点にある作品に可能性があると思います。どのジャンルでもそうだと思うんですが、おもしろいものって、ゆらぎというか瀬戸際にあるんですよね。波打ち際というか。陸と海との境界線ですね。

たとえばアニメの境界線をぐっと実写に近づけた細田守監督の「おおかみこどもの雨と雪」は、脚本に奥寺佐渡子さんを起用しています。新海さんはわかりやすいですよね、写真で撮った新宿の風景をそのままアニメーションにしたり。要するに、実写の想像力をアニメーションで再解釈しているんですね。

―― なるほど、再解釈というイノベーションを起こしていった。

中川 アニメはどんどん結果を出して、実写は差を広げられていったわけですね。逆にアニメの想像力を実写に再解釈することは、ハリウッドではできていることなんですよ。たとえば押井守監督が「攻殻機動隊」シリーズでやったことを、さらに学んでいるんですね。実写の再解釈として、いまはCGを取り入れて、そこの境界をなくそうとしているわけです。日本は現状そこまでは追いつけていない印象です。

実写の古い世代のなかには、アニメーションに対しての差別があったんだと思うんですね。勉強しなかったから差は開く一方で。ただぼくらって、生まれたときからアニメが身近にあった、アニメネイティブの世代なんですよね。アニメへの差別意識のある人間はいない。ぼくらの世代は「実写の想像力をアニメで再解釈した」高畑さん、細田さん、新海さんがやっていることに対して、逆の攻撃を仕掛けないといけないんじゃないか。これが自分のテーマなんです。

―― 逆にアニメのいいところを実写側に取り込む。いや、おもしろいです。

中川 「四月の永い夢」をつくるとき、色彩も照明もアニメのような画にしてほしいと言うんです。じゃあアニメでやればいいじゃないかって話にもなりますがね(笑)。そういう意味ではカメラマンとのせめぎ合いもありました。アニメをつくりたいわけじゃなくて実写をつくりたいけど、アニメの想像力を再解釈したいんですね。今回アニメーションの会社を制作に迎えたこともあり、非常にいい機会になりました。

―― もともとアニメ的なアプローチをするつもりで製作の座組みをつくったのでしょうか。

中川 つくっている途中にアニメーションの会社の話が入ってきたんです。完全な偶然で(笑)。だけどそれによって考えが加速したのはあるかもしれない。

―― そのシナジーによって、境界線への「攻め」が積極的になっていったんですね。

中川 アニメ的とは要するに、情報を少なくするんです。見るところをはっきりさせるんですよ。たとえば女優さんをふつうに撮ろうと思うと、情報量がありすぎてしまう。

アニメであれば、意味を足せばそうなるし、たとえば毛穴がないとすれば、その通りになるわけです。つまり情報をコントロールできるんです。そういう意味では、見せるものをはっきりさせるから、誰でも楽しめるんですね。実写ってそういうところに余計な想像力が出ちゃうんですね。

―― なるほど。たとえば「アウトレイジ」でいえばマフィアのトップに素人の方を起用していますよね。「有名な役者だと、情報量が多すぎて説得力がなくなる」というようなことをインタビューでたけしさんが言っていたことを思い出しました。

中川 そういうことですね、北野監督のメソッドです。あとは似ている映画ですと「シン・ゴジラ」です。みんな早口でしゃべらせて情報を飽和させているんですね。見るものをはっきりさせている。

―― あれって逆説なんですね。

中川 芸達者の人たちの芝居を早口にすることで均質化するというのは、非常にアニメ的な方法でね。そういう意味では北野監督、庵野監督は、境界線を攻めるということを自然にやっていますよね。

―― 中川さんもそういった挑戦を「四月の永い夢」でされていかがでしたか。

中川 そうですね。予告編だと、花のシーンが例としてわかりやすいかもしれません。朝倉さんの肌の白さがあって、その上にピンクの桜と、下に黄色い菜の花があります。実はピンをぼかして、あえてオブスキュアな映像で撮ったんです。

見なきゃいけない色はピンクと黄色と白、あと喪服の黒だけ。つまり情報を4色に絞ったんですね。そうすることでアニメ的な表現になっているとは思います。印象派の絵とかそうじゃないですか。情報を描き込みすぎないことで、共感力を高めるという。

―― なるほど、こちら受け手が解釈しやすくなる。

中川 下手をすると単なる記号化になってしまうおそれもあるんです。ここがむずかしいところですね。なんて言うんでしょうか、高い感受性のなかでの「シンテーゼ」ですかね。そこでぶつけて、いい意味での波打ち際を見つけることが、これからの実写で求められる才能だと思います。

「言葉」と折り合いをつけていく

―― 映画というのは年代を輪切りで見れば、時代性が確実に現れるじゃないですか。そのなかで「いま伝えたいことがある」っていうのは才能でもあると思うんです。

中川 伝えたいことがあるわけじゃないですよ。恥ずかしいし、完璧なものができるわけないですから。すでにこれだけいいものがあるのに、なぜ自分がプラスαでつくる必要があるか。それって、衝動しかないですよね。

―― いい言葉ですね。まさに衝動というものに対して価値がつく時代だなあと。

中川 脚本書けなくて苦しんでますけどね(笑)。いまって何を語るよりかも衝動の方が大事なんですよね。たしかにそういう時代なんです。何を語るかってもう語りようがないんですよね。

―― そういえば入江悠監督の「SR サイタマノラッパー」は、語ることがないという状況そのものをライムとして吐き出した映画でした。

中川 そのぼくらの共通風景としてある「SR サイタマノラッパー」って、おそろしいことだけど10年も前になるわけじゃないですか。そういった語りたいことのなさのテーマって10年間、更新されてないような気がしますね。

―― 「じゃあ何について~」って考えている時点で、衝動からは離れてしまう。

中川 そう、何ついて描くというのはおかしい。何についてではなくそのものを描くべきですよね。まあそれがむずかしいんですけどね(笑)。

―― 言葉ですぐにコーティングしてしまうので、そういった輪郭がないものの方が、衝動という観点においてはいいかもしれませんね。

中川 どうしても言葉で額縁をつくっちゃうんですよね。でもむずかしい。

―― ぼくは言葉にしないと考えられません。書いて初めて思考ができる。でもたとえばチームラボの猪子さんのような方は、言語化に頼らず思考できる人だと思うんです。以前、言葉にすることが苦手という文脈で猪子さんが「言葉にしようとすると自分がバカになっている気がする」って言っていたのが印象的で。

中川 猪子さんのおっしゃる気持ちはわかりますね。言語化って、言いたいことがそのまま出せるものとちがいますよね。またみんなが使える言葉というフォーマットを使うと、凡庸なものになってしまう。だから言葉を使うとバカになる気がするというのは実感としてなるほどと思いますね。

―― 中川さんは詩や小説の方面でも活躍されていますが、思うところってありますか。

中川 文章を書くときっていうのは、うーんなんだろう。たとえば詩ですと、意味よりもリズムの方が大事なんですね。書いてある中身そのものの意味としてとらえるのではなくて、リズムとしてとらえるというか。一つの言葉が出るから次の言葉が出るいうのは、あるじゃないですか。

それは共通していて、そういう意味では映画をつくるときもそうですね。一つの映像が出るから次の映像が出る。一連ということですね、連動してますから。似ている気もしますけどね。

―― 映像にもリズムがあるというのはおもしろいです。

中川 あとは映画でいえば、たとえば題名を思いつくと、だいたい内容も浮かびますね。珍しいケースかもしれません。北野武監督は逆のようですが。ぼくの場合は、題名が決まらないと脚本が進まないですね。「内容が題名と全然ちがうじゃないか」と題名が変わることもありますが(笑)

―― 詩や小説も題名からインスピレーションを膨らませるんでしょうか。

中川 そうですね、題名というかフレーズですかね。このまえ雑誌「すばる」に出した詩ですと「物語のない海辺」という詩の題名なんです。そのときは「物語のない海辺」という言葉が先行して出てきたんですね。その言葉から連想されるもので1ページ分の詩ができました。「物語のない海辺」は、ぼくのなかで映像イメージとしてもあるんです。「こういう海辺だなあ」とか。

だけど映像イメージはあるけど「波がうんぬん」って書くのは、ばかばかしいじゃないですか。そういう意味では、使う筋肉はちがいますよね。「物語のない海辺」といったら、最初に出てくるのは「泳げないぼくにとって海は死」という1行目が出てきたんですね。これって観念じゃないですか。

―― 文章におけるイメージとしての観念ですね。

中川「泳げない自分」というのも、「死ぬ」というのも観念です。映像って具象だから、観念じゃなくて泳げない人を写すとか、波がどんな塩梅とか、そういう表現ですよね。ですので結果として、観念を映像で語ったとしても、具体性が文章と映像ではだいぶちがいますね。照射する光を当てる部分がちがうというか。

―― なるほど。でも映画は脚本から映像へ、つまり文章を映像化する作業と思いますが、そのあたりはいかがでしょうか。

中川 むずかしいですよね。映画つくりたい!ってなったときに、脚本を書けないのは、ストーリーそのものが、脚本が、文字の額縁になってしまうんです。

たとえば「ある女の子が人民服を着て踊っているシーン」を撮りたいとして。女の子が踊っているのは、そりゃ好きだけども、その結びつきとしてある「なんで撮りたいか」って、少なくとも共産主義を描きたいわけでも人民服を描きたいわけでもないんです。

―― そこで思考を内にやったところで出てこないんですよね。

中川 出てこないんです。だいぶ前に観た「ラストエンペラー」で歩いていた女性のあるシーンが頭のどこかに残ってた、そんなことしか出てこないですよ。だけれども、そのシーンを撮ることによって人に衝撃を与えることは、あり得ると思うんです。

―― あり得ると思いますね。

中川 それがおもしろいですよね。

―― たとえばお笑いでいえば、芸人が芸人をほめるネタがあるんです。笑うというよりは唸るわけです。そういうことの一つに「これ、どうやって脚本(ホン)を書いたんだろう」という角度があります。ブラックマヨネーズさんの漫才はよく言われていました。つくり手の人間が、書こうとしても台本に落とせない内容なんですね。そこに本能的なものがあるというか。

中川 映画とまったく一緒ですね。どうつくったかわからないようなね。再現がむずかしいものってことですね。

―― お笑いって、考えでないところの笑いもあると思うんです。「これ笑っちゃうよ」っていうね。理屈じゃない。1周回ってそれが強いみたいな。

中川 映画も墨絵のような一筆書きが理想ですよね。すっとつけて、さーっと書いてね。あれって墨の濃淡で世界をどう把握しているかを示すわけじゃないですか。

映画の予算がだんだんあがってくると、やっぱり一回性だとか、一筆書きって重たくなってくるんですよね。それを両立できる監督はすごいと思いますね。

―― 「もっとここを後からこう足して」だとか。

中川 そうそう、あとスタッフが単純に多くなるから機動性が取りづらくなったりね。だんだん商業的な映画になっていくと、内容が似ていくんですね。そこが自分が今後どうなっていくかというと、まだいわゆる「商業」でつくっていないからわからないですが。

「あわよくば」がなくなったら一つ青春がなくなるんじゃないですか。

―― いまや誰でも十年先の予想はできませんが、中川さんの場合、今後の展開や、次回作は?とか聞かれることって、多いですよね。こういうのって時期にもよると思いますがいかがでしょう。

中川  いまは1回、足下に集中したい時期ですね。そんなに計画的な人間じゃないですけど、27歳くらいで海外の映画祭で上映されているとか、映画館で一般公開されているとか、映画を撮り始めた20歳のころにちょっとイメージしたんです。それがたまたま27歳でモスクワ国際映画祭で賞をいただいて、武蔵野館での公開が決まったのもその年で。そういう意味では時期的に想定したことと重なってはいます。

―― おおお、見事に実現していますね!

中川 でもそれを目指してやっていたかというわけではないんです。自然とそういう風に、さっきのアニメの会社と巡り会うようなもので、なんとなく想定していたものって、勝手にそういう風に近づいていく。こういうことってある気がするんですね。もちろんそれは出会いがよかった、運がよかったことが一番にはあると思うんですけど。

それを経て、思っていることをいうと、先のことはちょっといいかなと思っています。じゃあたとえば32歳でカンヌにいくとかね。そういうことに興味があるかと言われたら、ないんですね。20歳のときは、映画監督ってあまりにぼやっとした仕事だから、27歳くらいまでに評価が何にもないと、続けているのはむずかしいだろうと思って、勝手にそう思ったのかもしれないです。たまたまぱっと頭に浮かんだんだ年齢が27歳で。

―― 興味深いです。実は「26歳原点説」ということを毎回このインタビューで聞いているんです。上岡龍太郎さんがその説を唱えていて、たとえば30歳になったときに「26歳のときに何を考えていたか」をふりかえると照らし合わせて軌道修正ができる、なんてことを言っていて。

中川 おもしろいですね。もしかしたら振り返っているタイミングがいまかもしれないです。いまはあと野心がなくなりましたね。よくいえばクリアになってきている。「あれしたい」が「あれしなきゃ」になってきていて削ぎ落とされていくというか。もうね、結局のところ自分のなかに衝動がないと企画が成立しないですよ。

つくったらこの映画祭に出品できるとか、予算がこれだけあるとか、そういう話をいただくこともあったけれど、自分がうまく器用に波乗りできるタイプじゃないんですよ。そのことがわかった(笑)。

―― 過去のインタビューでも映画祭のために映画をつくるのは本末転倒とおっしゃっていました。

中川 そうですね。そのところがクリアになったんですね。そうはいっても、そうした方がやりやすいとか、下心がゼロではないですよね。ぼく思うけど、ゴッホとかランボーとかモーツァルトとか、夭折したから、ピュアな芸術家とか言われていますね。1枚も売れなかったとかそういうエピソードが美化されて語られているけど、彼らにも下心はぜったいにあるんです。

―― ぼくは「あわよくば」だと思っています。

中川 あわよくば、ですか。

―― はい、あわよくばを肯定しようとしています。たとえば、合コンというラベルがついていなくて、仮に女性のいる飲み会があったとしましょう。まったく、なんにも思わないことって、ないじゃないですか。

中川 それマネしてみよう。おもしろいですね。

―― 人生あわよくば理論です(笑)。

中川 なるほどね。「あわよくば」がなくなったら一つ青春がなくなるんじゃないですか。無くなったら、ぼくらが持っている高揚感みたいなものはなくなるのかもしれないですね。

―― 「あわよくばをどれだけ持続させられるか」っていうのはあるかもしれないですね。

中川 70歳でも持っている人はもっていて。そこが「あの人あの年にもなっても~」みたいなところがあるかもしれないですね。

―― お互い人生あわよくばでいきましょうかね。それでは最後に意気込みを聞かせてください!

中川 「衝動はテーマに先立つ」かな。サルトルでしたっけ、実存は本質に先立つ。衝動の方が実存なんですよね。具象というか具体なんですね。曖昧模糊にみえるかもしれないけど、衝動なんですね。愛ではなくて、女の子のおっぱいとかうなじとかでいいんですね。よっぽどそちらの方が誠実だろうと。

昔と比べてこのところは行儀がいいですね。平たくいえば清潔な世界観になっていっていると思いますね。自分のなかには当然、清潔なものだけではないじゃないですか。お行儀のいいものじゃない、ゴツゴツしたものもつくりたいっていう衝動はありますね。あわよくば、次回やってみたいです。

どの球を投げても打ち返してくれる中川さんとは話が尽きません。陸と海、衝動と言語化、そして実写とアニメ。おもしろいものはたしかに、ゆらぎや瀬戸際にあるのかもしれません。新作「四月の永い夢」ぜひ劇場でご覧ください!公式サイトはこちらから!中川さん、お忙しいなかお時間いただきありがとうございました!

千代雷央

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