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金光佑実

サウンドクリエイターとして学生時代から活躍されている金光佑実さん。
いまの仕事に携わるきっかけや今後の展望についてうかがいました。

経歴

【舞台】
表現集団「贅沢貧乏」2012〜2015年在籍 音響・音楽担当

中野成樹+フランケンズ「ナカフラ演劇展 vol.2」2015年 音楽担当


【映画】
「みちていく」(第15回TAMA NEW WAVEコンペティショングランプリ、うえだ城下町映画祭大賞)

【テレビ】
「キング・オブ・コント2014」チョコレートプラネット決勝「カラオケ」
「オモクリ監督」いとうあさこ監督作品「朝」
「オモクリ監督」野沢直子監督作品「ホラー」
「オモクリ監督」ビートたけし監督作品「ニュース」、「朝」バンクーバー国際映画祭出品
「オモクリ監督」劇団ひとり監督作品「仕事」ショートショートフィルムフェスティバル出品
他DVD収録の十数作品も担当

【DVD】
シソンヌ「quatre」”お父さんと美和子”
シソンヌ「cinq」
シソンヌ「ぶちぶちシソンヌ」
チョコレートプラネット「チョコレートプラネット」OP曲
ニューヨーク「THE NEW YORK Love & Peace ベスト・オブ・ニューヨーク」

【アートプロジェクト】
「長島確のつくりかた研究所」環境音楽研究室を立ち上げ、
あらゆる環境におけるトイレにふさわしい新しい"音姫"の開発

音にまつわる、エトセトラ。

―― まずサウンドクリエイターとは、どういった仕事の領域か教えていただけますでしょうか。

金光 一言で表すのは難しいですねえ。曲は作るのですが作曲家とはちがうと思います。音効さんでもないですね。作曲もそのなかの一つなので、なんでも屋さんです(笑)。

―― 音楽のオールラウンダーだ!小さい頃から音楽との接点をお持ちだったのでしょうか。

金光 4歳からピアノを始めて中学生のときからギターを弾き始めました。親がエンジニアだった影響で小さい頃から家にパソコンがあったんです。音楽が好きになってから「シンガーソングライター」という作曲ができるソフトを買ってもらって、それをちょくちょくさわっていましたね。

―― 自分から能動的に楽しんで取り組めたんですね。素敵です!

金光 環境には恵まれているかもしれません。お父さんはギター好きで、いまは自分でアコースティックギターを作って楽しんでいます(笑)。親の影響もあったのかなあとは思います。

―― 楽器を作ってしまう親御さん!初めてです(笑)。お父さまが新堀ギターのような教室をひらかれたら教えてください。金光さんはその後も部活動などで音楽は続けたのでしょうか。

金光 中学生、高校生のときにバンドを組んでいました。楽しかったのですが、自分は前に立つ方ではないなと思っていました。わたし単品というよりは、なにかと一緒に寄り添って音楽を作っていくという気持ちで。そっちの方が自分に合っていましたね。

―― 黒子の発想ですね、お気持ちわかります。そこから金光さんは大学時代からいまにつながる活動をされるようになるわけですが、きっかけはどういったものだったのでしょうか。

金光 大学のときに知り合いが「贅沢貧乏」という劇団を旗揚げしまして。そこにまず音響として参加したのが原体験ですね。バンドを組んでいたときにPAをやっていたので、そのつながりもあってチャレンジしてみたというかんじです。まさか本業として仕事にするとは思ってはいませんでしたが(笑)。おもしろいとは感じていました。そこからまた誘ってもらい、経験を積んでいきました。

―― 「贅沢貧乏」では精力的に活動をされていたとうかがっています。学生時代に手がけたなかで思い入れのある作品はありますか。

金光 「タイセキ」という舞台です。まずユニークだったのが、演じる場所がふつうの劇場ではなくて、2階建ての一軒家なんです。家のなかを劇場空間として使用する舞台で、役者がそこを動き回るという。

―― それはまた前衛的でおもしろい試みだ。ニューヨークでそのような舞台がある聞いたことがあります。そうすると観客も役者さんに合わせて動くわけですか。

金光 3人の演者が縦横無尽に動くのでお客さんは自分で動いて観ます。なので、たとえば2階の演技を観ているお客さんは1階の演技は観られません。おもしろかったですし、いい経験になりました。

―― 観客の位置によって見える世界が変わるわけですね。「タイセキ」の音楽を手がけるうえで工夫した点などはありますか。

金光 劇中に回想シーンがあります。2人のかけあいが繰り返されて、最終的に一方の相手の声がなくなるという場面。そこに、音の要素もひとつずつ無くなっていく表現をしてみました。舞台が家だったので、ビートにはキャップをしめたり、電気を消したりする音、すべて日常の生活音を使って録音をしました。そのシーンがうまくはまってくれたときは嬉しかったです。

―― すごいなあ。対象に音を付けていく経験がぼくにはないのですが、日常でも音楽にはセンシティブに反応するようになっていくものでしょうか。

金光 仕事として取り組みはじめてから音楽の聴き方は変わってきています。たとえば、「あそこで使っていたテーマ曲がここで転調してまた出てくるんだ!」みたいな。といってもここまで独学でやってきているのですが(笑)。

―― これまたご自身で!ちなみにお手本のようなものはあるのでしょうか。

金光 一応、教科書はあるので読んではいます。ただ、「理論を使っている」という意識はないですね。「このコード進行だから次にこうした方がいい」とはしていません。自分の感覚で「こうした方がきもちがいい。こうはずした方が悲しいニュアンスが出る」という風に。結果的にそれはもしかすると理論通りの可能性はありますが。

―― 『コンテンツの秘密』という本で著者の川上量生さんが、宮崎駿の天才の所以について「人が脳内でイメージする、きもちがいいと思う絵をかけるから」とおっしゃっていました。ちょっとそれに通じるものを感じます。言語化できない、きもちがいいものを作れる感性があるのでしょうね。お笑いの分野についても聞かせてください。金光さんはお笑い芸人の音楽も担当されていますよね。

金光 もともとは「贅沢貧乏」に参加したきっかけです。作家の今井太郎さんを紹介していただき、ご縁あってチョコプラさんとシソンヌさんの「チョコンヌ」というライブに携わることができました。これが芸人さんとの初めてのお仕事ですね。

―― いきなりチョコレートプラネットさん、シソンヌさんと!具体的にどのように関わっていらっしゃるのでしょうか。

金光 本当に恵まれています(笑)。たとえばチョコプラさんですとカラオケのネタがあって、長田さんが歌う曲を作りました。「歌手の◯◯っぽくよろしく」というかんじで。歌詞を先にいただいてメロディを付けていきます。長田さんは打ち合わせのなかで「ここはこうした方が歌いやすいという」などイメージを追加でくれるのでありがたいですね。

―― 特定の歌手が歌いそうな曲を独自に作ってしまうってことですよね。マキタスポーツさんの作詞作曲モノマネ『もしMr.Childrenが「トイレ」という曲を作ったら』という芸を彷彿させます。

金光 なるほど言われてみれば(笑)。方向性は近いと思います。

「オモクリ」の経験は、わたしの財産です。

―― ちなみにぼくは学生時代、もしサンドウィッチマンがこんな漫才を作ったらという具合にネタを事務所に送っていたことがありました(笑)。「◯◯っぽさ」には興味があって。金光さんは、テレビ番組の「オモクリ」でそういった音楽も手がけられてましたよね。

金光 そうですね。「オモクリ」のDVD用にオリジナルの音楽を似ているものに差し替えるというお仕事がありました。お笑いネタの「◯◯っぽい」曲を作るのとはまた別物なのですが。

―― おもしろいです。詳しく聞かせていただけますか。

金光 たとえばチョコプラさんの場合は雰囲気を嗅ぎとってもらい「言われてみれば◯◯っぽいなあ」となれば良くて。ですが「オモクリ」は差し替えなので極端な話、バレてはいけないんです。ジャンルも広くてクラシックもあればボサノヴァもあります。アーティストでいえば今日はケミカルブラザーで、明日は坂本龍一というように。とくにEDMでダフトパンクっぽい音楽を2分程作ったときは難しすぎて泣きました。ゼロから曲を作ってからサンプリングをするので工程が2倍あるんです。最後までやって「違う」と思ったら、元の音楽から作り直すという(笑)。

―― 「水曜日のダウンタウン」でモノマネ芸人が対象の身内に電話をしてバレずに会話を成立させられるかという企画を思い出しました。模倣の域を超えていますね。音楽を作るいろんな筋肉が鍛えられそうです。

金光 いや本当にその通りですね。「オモクリ」の経験はものすごい財産になっています。最初はいとうあさこさんの作品を1ヶ月かけて作りましたが、楽しかったし、勉強になりました。おかげさまでいろんな曲の構成を知れましたね。

―― 「オモクリ」きっかけに仕事への考え方や取り組みに何か変化はありましたか?

金光 「オモクリ」をきっかけに向上心が伸びたと思います。最近ですが録音やミキシングなど音をきれいに整える勉強を始めました。たとえば大きい会場で自分が録音した音楽を聴いたときに、もうちょっと音を上手にとってみたいと感じることがあります。それは会場の設備や音の数ではなく、録音のテクニカルな問題なんです。音の録り方だったり、バランスだったり。もう一段上のステージにいきたくて。いまは月2回、エンジニアの方に教わっています。

映画には、そのときの自分の色が出る。

―― 多岐にわたって活動をされていますが、今後やってみたいお仕事はありますでしょうか。

金光 映画をもう一度やってみたいなと思います。学生時代に担当した「みちていく」という作品は、賞を獲って全国上映されました。映画がおもしろいなと思うのは、自分の年齢によってアウトプットする音楽の色に違いが出るところです。大学の1年生のときに関わった作品はつたない部分もあるけれど、みずみずしくて。一方で4年のときの「みちていく」はまとまっているとは思うのですが、比較するとすこし大人びてしまったような印象もあるんです。いまだったら自分はどんな音楽を作るのだろうなあと。監督によってアプローチも違いますし、作り方も変わってきます。ぜひトライしてみたいですね。

―― それでは最後にうかがいます。「26歳のときに考えたことがその人の今後の人生の方向を決める上で重要な土台となる」これは上岡龍太郎さんがかつて提唱した「26歳原点説」という考え方です。金光さんはちょうど今年が26歳の年ですが、何か思うところはありますか。

金光 これまでこのお仕事はご縁をいただいてから楽しくてずっとその延長線上で続けてきました。受身の部分もありました。そこから「オモクリ」の経験もあって今は、これまで自分が積み上げてきたものをいろんな場所にアウトプットしたいなと思うようになっています。映画、テレビ、舞台なんでも挑戦したくて。わたしの仕事の領域では同性代の方がなかなかいません。その意味では、この「KUSAGIRI」で紹介されていく方とも、ぜひコラボなどしてみたいですね。

―― どんな化学反応が生まれるか楽しみです!金光さん、お忙しいなかありがとうございました!

2016年8月 池袋にて

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