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K-SUKE

20代の若手マジシャンとして活躍しているK-SUKEさん。
マジシャンを目指すきっかけや今後の展望についてうかがいました。

1990年4月29日生
身長180cm

経歴


【TV】
テレビ朝日「最強No.1決定戦 マジック王」優勝
テレビ朝日「金曜★ロンドンハーツ」
TBS「スパニチ!!『EYEQパーク』」
フジテレビ「バイキング」
テレビ朝日「キスマイGAME」
テレビ朝日「キスマイ魔ジック」
TBS「有吉ジャポン」〜2016年にブレイクするマジシャン〜
NHK「たけしのこれがホントのニッポン芸能史」

【CM】
JALカード「新しすぎるクレジットカードの支払い方」

【舞台】
劇メシ「キツネたちが円舞る夜」

テレビが、ぼくとマジックを変えていった。

―― 小学3年生のときにみたマジックがマジシャンを目指す最初のきっかけだということですが、プロのマジシャンをぐっと意識し始めたのはいつ頃でしょう。

K-SUKE 意識をしたのは中学1〜2年生のときですね。一つはテレビの影響です。ちょうどその頃にテレビでマジシャンが取り上げられるようになって。セロさん、ふじいあきらさん、クロースアップマジックの前田和洋さんだったり。新しいエンターテイナーの登場には刺激を受けましたね。本当に仕掛けもなく技術で魅せる演出など、その頃からテレビでのみせ方のスキルはじめ、マジック業界全体のレベルも上がっていったと思います。

―― たしかに初期の『エンタの神様』にはマジックのジャンルがありましたし、フジテレビでゴールデンの時間帯にセロさんの特番が組まれるなど、その頃にマジックが盛り上がっていった記憶はありますね。そこから実際に行動を起こしていったのでしょうか。

K-SUKE 中学1年生のときに親がマジックショップをネットで探してくれて、はじめて専門店に行ったんです。ですが、行ったもののプロが使うような商品ってかなり高額で。「何万もするトランプは買えないなあ」と思っているとディーラーの方が声をかけてくれて。若いのだから技術を磨いてみればと一冊の本を教えてくれました。3000円で300種類ものマジックが掲載されている『カードマジック辞典』。出会って良かったと心から思える本です。内容はめちゃめちゃ難しいけれど好きだから覚えられる。ショップに通って「ここがわからないんですけど」って質問していくとアフターケアのように丁寧に教えてもらえて。そこである日、大会に出るように勧められてさらに意識は高まりましたね。

―― そして15歳のときに国内ジュニア部門の大会でみごと優勝されたんですよね。そこで得られたものってどういうところにありますか。

K-SUKE 優勝をきっかけに自分のなかで勢いがついて「これでいこう」と自信が付きました。本気でハマれるものをようやく見つけたなと。もう一つ良かったことは大会に出ることによって、同じ志を持った同年代のライバルと出会えたことです。切磋琢磨して技術を磨いていくのも楽しくて。そこからはマジックをとにかく仕事にしたいと思い始めました。プロにいきなりなることは難しいと肌感覚として何となくわかっていたので、まずは準備をしようと。

―― その頃からどういうプロセスを踏めば良いかを戦略的に考えていたんですね。賞レースのコンテストから、人を楽しませるプロの方にシフトしていったのでしょうか。

K-SUKE 求めたのは実践でした。はじめは経験を積もうと。東急ハンズや大手デパートには、マジック用品の売り場でマジシャンが実践するコンテンツがあります。応募をしたのですが年齢が満たしていないということで断られました。でも、ふと思ったんです。マジシャンはマジック用品のメーカーから派遣されているのではないかと。あきらめきれずメーカーの方にアプローチをしました。一筋縄にはいきませんでしたが、結果として熱意が伝わって採用してくれて。好きにやって良いよと言ってもらえて嬉しかったです。

―― 想いが通じたんだ!純粋な熱意ほど強い武器はないと思います。実践から得られたものはありましたか。

K-SUKE 「人前でマジックをみせる」という意味で経験値が上がったことはもちろんですが、実践を続けてしばらくしてすると「自分のアイデアをマジックとして形にしたいな」と思い始めました。日本ではそんなになじみはないですが海外ではメジャーでマジックをつくるプロがたくさんいます。実際に自分のアイデアが採用されてメーカーからいくつか商品として販売もされました。自分の考えたマジックで多くの人に楽しんでもらえる喜びもそこで学べましたね。

恐怖90%からのスタート。

―― テレビでいうところの放送作家のような役割ですね。海外といえばK-SUKE君は当時の師匠と海外をまわっていた経験もありますよね。日本を離れてみていかがでしたか

K-SUKE 最初、師匠からお手伝いとして同行を頼まれたときは恐怖もありましたが「これは行くしかない」と思って。身に付いたのはまず生きる力ですかね(笑)。たとえばロサンゼルス空港に着いて電話をしたら師匠から「ハリウッドで落ち合おう」と。それが迎えも何もないんです。半ば泣きながらも何とか食いついていくような日々を送っていました。ただそこで英語が100%できなくてもコミュニケーションは取れるんだなって実感して。海外でも生きていけるという自信は付きましたね。

―― 異国の地でも「可愛い子には旅をさせろ」な方針だったんですね。海外のショーにふれてエンターテインメントに対する考えなど収穫はありましたか。

K-SUKE 空気のつくり方やテンションをどう上げていくかを学べました。海外にはストリートパフォーマンスも多い。そこで道行く人を対象に興味ない方をどう巻き込んでいくのか。彼らの場の盛り上げ方だったり、自分の空気に持っていく手法だったり。勉強になりました。やっぱり疑ってマジックをみる方もいますし、日本人ということで対等にみてくれない場合だってあります。試行錯誤を繰り返しましたね。初めて海外をまわった1ヶ月半、帰国する間近で何かをつかんだ感覚はありました。

―― そこからいまのフリースタイルマジックという、その場にあるものを使って即興でマジックをしていくスタイルの確立につながっていくのでしょうか。

K-SUKE 実は帰国してから日本のマジックバーで働くことになるのですが苦労はありました。いくらマジックを自分でつくれるといっても、日本には日本で受け入れられるセオリーみたいなものがやはりあるんです。うまくいかなくて悔しい思いもたくさんしました。そこからはプライドを捨て、教わる想いで吸収していこうと決めて。こういう配分にすれば自分の色も出しつつ日本で受け入れられるんだなというスタンスがだんだん出来上がっていきました。

―― 2015年にはテレビ朝日『最強No.1決定戦 マジック王』で優勝も果たしたK-SUKE君ですが、番組を拝見すると、人に自分をどう印象づけるかというセルフプロデュースを強く意識されているように感じます。

K-SUKE これまでいくつかのテレビ番組の出演を経験して、毎回同じパフォーマンスするのも違うなって思ったんです。要は、自分のことしか考えていない。制作のことを考えず一方通行になっていました。つくり手の方々とコミュニケーションを取ろうと。その番組でいちばん合うレシピを提供する。たとえば、この角度から撮られるのはちょっと苦手だけど、テレビ受けを考えるとその角度が確かにベストだったりするんです。経験が増えてきて最近はどのように自分が視聴者にみえているかを意識するようになっていますね。

―― 世阿弥に「離見の見」という言葉がありますが、つくり手と視聴者目線も持ち合わせているのだなあと。俯瞰、客観の視点に長けていらっしゃいますね。最近では、マジック以外にも表現の場を広げている印象があるのですが、どういうねらいがありますか。

K-SUKE マジシャンがマジックをすることは、普通のことかなとも思うんです。マジシャンとは不思議なことをする人。基軸はマジックに置きながら、そこからジャンルを広げてゆき、マジックに着地する。舞台のお仕事をさせていただいて感じていることが一つあって、マジシャンにしか出せない雰囲気もあるのかなって。マジシャンだからこそアウトプットできることがあるのならジャンルを横断して積極的に取り組んでいきたいですね。

マジック界への恩返しがしたい。

―― それは、マジックというジャンルを背負っている方の思考なのかなとも感じますね。

K-SUKE マジック界のイメージも上げていきたいなと思っています。20代のマジシャンは多くはないですし、次が続いてこない。先輩がつなげてくれたおかげで自分がここに立てているからこそ、自分のパフォーマンスでマジック界に恩返しがしたいんです。その意味では、マジック界全体を意識しているかもしれません。たとえばあるマジックの種明かしを求められたとして、それはマジック界にとってよいのだろうか。これは常に考えています。種明かしという切り口でも「バラし」とは別のエンターテインメントをつくることができるかもしれない。ぼくは後輩好きなのでそういうことも伝えていきたいですね(笑)。

―― それでは最後にうかがいます。「26歳のときに考えたことがその人の今後の人生の方向を決める上で重要な土台となる」これは上岡龍太郎さんがかつて提唱した「26歳原点説」という考え方です。K-SUKE君はちょうど今年が26歳の年ですが、何か思うところはありますか。

K-SUKE CMのお仕事が決まったときですかね、今後の軸になっていく感触をつかみました。この線をまっすぐ進めばその線は折れたり消えたりしない。方向は合っているなって。2016年、とくに実感しています。先ほどのジャンルの話にも通じますが、なんでもできるマジシャンも個性だなと。いわゆるキャラものとしてではなく、活動を個性にしていきたくて。ゆくゆくの目標は、マジック界の代表ではなく、マジシャンといえば「K-SUKE」と言ってもらえるようになること。その目標に向けていまの感覚をベースに自分自身、楽しみながらがんばっていきたいですね。

―― まさに1本の軸が通っている印象を持ちました。今後がますます楽しみなK-SUKEさん、忙しいなかありがとうございました!

2016年7月 銀座にて

sawaitop澤井直人

kanemitsu金光佑実

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