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千代雷央

特殊メイク、造形の世界から陶芸の道に進んだ陶芸家・千代雷央さん。
これまでの半生や、今後の取り組みについてお話を伺いました。

1990年、鳥取県生まれ。
東京ビジュアルアーツ 特殊メイク学科卒業。
特殊メイク、造形の業界で4年間、 フリーランスとして多数のプロジェクトに関わる。
2014年より深大寺窯に勤めながら
陶芸の表現をつかった作品づくりを展開。

2017年3月28日〜4月2日の期間、恵比寿の弘重ギャラリーにて初個展「千代雷央展 僕らの知らない、陶芸。」を開催。

Twitter: @RAIOCHISHIRO
作品HP:rcpottery.amebaownd.com

―― 千代くんとの出会いのきっかけはツイッターでした。タイムラインに流れてきたタコに心を奪われて、連絡をとらせてもらいましたね。はじめは「いつの時代の作品なんだろう」と思いました。

千代 最終的な完成形を載せたら、友だちが拡散してくれたんです。興味を持っていただいてありがとうございます。

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蛸卵(2015)

―― 特殊メイク、造形の世界から陶芸の道へ、ということで。なかなか珍しいケースだと思います。まず、特殊メイクの道を志したきっかけはなんでしょう。

千代 中学生のころからエイリアンやクリーチャーの作品が好きで。ものづくりの方面にいきたいなと思っていたんです。あるときメイキング映像をみて「こんな仕事あるんだ」と。「あ、これかもしれない」と思い始めたのがはじめですね。

―― 当時から将来、特殊メイクや造形のプロフェッショナルとして活動したいなって思っていたわけですか。

千代 方向としてはそうですね。もともと芸術家に憧れていました。作品をつくって、その対価としてお金をいただいて生活をしていくような。自分の名前も世に出していきたいのはありましたね。そういう想いを持って上京しました。

―― 専門学校を卒業されてからはフリーとしてご活躍されて。

千代 専門学校を卒業した後、フリーという立場で自由廊という会社を出入りするようになりました。2ヶ月くらい集中的に仕事をして、また次回というようなスタイルで。

―― 一つの案件に対してプロジェクトのような仕事の進め方になるんですか。

千代 仕事は多種多様にあって、人手が足りない時期に呼ばれるかんじですね。会社も信頼できるフリーの方を探していて。仕事が一段落したら、また別の会社で仕事をする方が多いですね。そういうことをやって継続的に呼んでもらえてはいました。

―― コンスタントには関係があって。

千代 自由廊から紹介してもらった会社で仕事をすることもありました。特殊メイクといってもそういう会社って領域が広いんです。特殊造形が多いんですが、映画のメイクとか、イベントに展示するキャラクターの等身大の造形とか。

―― 呼ばれて自分のスキルが上がっていくかんじですか。紹介があった会社でも仕事をしながら。

千代 はい。ただ、会社でつくっているものってクライアントの作品ですので、人に「これをつくったんだよ」って自信を持って言えないところはありましたね。すべてを自分がつくったわけではないんです。

―― 「このキャラクターの、ここの角度みてよ」ってなるわけですか。

千代 自分というものをもっと前に出していきたい、でもフリーをやめて飛び出すような踏ん切りもつかなくて。このままで大丈夫かなと。

一つの技術に特化しているとまたちがうと思いますが。たとえば、彫刻だったらこの人っていう、そういった腕があればいいんですけど。サブとしての関わり方がどうしても多くて。

―― よくいえばオールラウンダーな存在だったわけですよね。

千代 本来やりたかった彫刻や作品をつくるということが、あまりできていなくて葛藤のような感情が出てきました。いっかい区切りがついて、次の案件も決まっていなくて。どうしようかなって思ったときに、いろいろ悩んではいたんですけど。じゃあここでいったん環境を変えてみようと。

―― 一歩を踏み出して。

千代 はい。この業界からはなれてみようかなと。別業種の仕事をしながら時間をつくって自分の作品づくりに充てた方が今後のためになるんじゃないかなって。「もっと技術を磨きたい」と。

―― そこから陶芸の道に進むわけですね。はじめは陶芸とは、なんぞやと。

千代 はい。まずは陶芸のいろはを吸収しなきゃと。自分の作品づくりになっていフラットな気持ちで今までの技術を活かしながら、特殊メイクや造形的な、陶器では今までない作品をつくれたらと思っていました。

―― ゼロからの始動ですね。

千代 陶芸は手を動かしながら覚えていきました。いろいろ陶芸にふれて、先輩方に教えてもらって。「これってこういうものなのですか」って聞けば教えてもらえるんですけど、ああだ、こうだはなくて。自由な環境で、いろいろつくっていこうと。そこから陶芸に惹かれていきました。

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―― 陶芸という表現ならではの魅力はありますか。

千代 粘土を焼いて、素材自体が作品になるっていうのが、いいですね。色づけには釉薬という薬品を使いますが、陶芸独特の色合いの味が出ますし。

―― 「素材自体が作品になる」というのは、これまでやってきた特殊メイクのところとくらべてのちがいですか。

千代 はい、特殊メイクや造形ですと、粘土で彫刻して、それを型取りします。その型に別の素材を流し込む複製のようなものなので。

―― 複製だと独自性を出しにくいわけですか。

千代 量産はしやすいんですけどね。一方で、陶芸ですと粘土で彫刻したものを焼いて完成なので、彫刻したそのままが作品になりますし、まったく同じものにはなりません。フィギュアとくらべると「一点もの」です。あと魅力としては焼いて作品にするときの偶然性ですかね。

―― 陶芸の道に進んでから、どのようにして、今のスタイルができあがったのでしょうか。

千代 まず前提として、陶芸といったらお皿やそういう器を想像する方が多いと思うんです。特殊メイクを経験していた分、ほかの陶芸をやっている方よりもかわった造形ができるじゃないかなって。それを活かして、素材を陶器にすればいいなって。

―― 表現のツールとして陶芸の可能性が浮かんできたんですね。そこから土台をつくって。

生き物の一瞬を、切り取りたい。

千代 ちょっと話が遠回りにはなるんですけど、もともと動物や自然がぼくは好きなんです。ネイチャーを題材にしたDVDをよく観ていて。

―― そういうDVDがまたお好きで。どちらかというと、もうちょっと上の世代の方が楽しんでいる印象があります。

千代 周りに観ている方は少ないんですけど、陶芸をはじめる前から好きでした。

―― 動物が好きなんですか。「この山がいい!」とかそういうネイチャーではなくて。

千代 自分の普段の暮らしでは見えてこない、動物が住んでいる自然界そのものでしょうか。動物それぞれの生き残る戦術とか、補食であるとか、食うか食われるか、そういう駆け引きから生まれる緊張感というか。

―― 一瞬のリアルですか。

千代 そういうシーンって残酷ではあるんだけど、でもそれは実際に起きている事実ですよね。そういう世界はちゃんと存在していて。

たとえば鳥のヒナが生まれて、はじめて飛び立つというときに海まで飛ばないといけないんですけど、海の手前で落ちてしまって、キツネに持っていかれるような。あと世の中にこんな生き物がいるんだ、っていうおもしろさ。

―― たとえば爬虫類でも派手な模様や珍しいフォルムの虫っているわけじゃないですか。お話を伺っていて思ったのが、特殊メイクや造形をやってきて、生き物が逆に人工物のように見えるとか、「この手があったか!」とひらめくこともありますか。

千代 ええ。特殊メイクをやっていたときに、空想上のクリーチャーをつくっていて自然をよく見渡せば現実にいるじゃないかって(笑)。

自分がなにをつくりたくて表現したいのか。突きつめていくと、ここにヒントがあるなって。フリーをやめて、かっこいい彫刻をまねる「模刻」をして技術を磨いていましたがそれを自分の作品にする意味を考えたときに自分の関心ごとに嘘はつけないなと。

―― 好きなところに自分が出るという。

千代 何となく生活していて見えづらい部分を、ぼくなりに光を当てて切り出すことで、自然界のように実際に起きていることをクリエイティブにのせたいなと。自分が感じた一瞬を作品として出したい。

背中を押してくれた存在。

―― ご自身で表現したいものがまずあって、陶芸は手段なんですよね。自分なりに一瞬を切りとろうと。作品をつくっていくと「自分は陶芸家なのか」という意識も芽生えてくると思うんですけど。そこらへんってどうですか。

千代 そうですね。やはりはじめは陶芸で表現するなら器だけをつくらないといけないのかなと思っていました。背中を押してくれたのは明治時代のある陶芸家の存在で。

本格的に興味を持ってから、陶芸家について過去から現代まで調べてみて宮川香山っていう陶芸家に行き着きました。蟹の作品をみて、衝撃を受けました。陶芸として、こういう表現もできるってことが。

100年前から実践している陶芸家がいたんです。高浮彫という高い技術でつくられてるという魅力もありますが、彼には蟹や鳥をはじめとして自然の世界観を表現している作品があって。そこにかわいらしさがあるものもあったり、超絶技巧という写実的なものもあったり。陶芸家の作品のなかでもっとも印象的でした。

―― 「こういう作品もあっていいんだ」って。それを自分なりに噛み砕いてアウトプットをしますよね。で、そこに千代雷央として、こういうものを出したいってものがあるじゃないですか。「ぼくはこうする」でないと変な話ですが、同じになってしまいますよね。

千代 宮川香山の作品には用途があります。アクセントとしての装飾がある形はそのままになってしまうので、これまでの技術を活かして、複雑な彫刻とか、細やかさ、柔らかさ、そして構図で勝負したいなあと。いま制作に取りかかっている作品でいうと獲物をとらえる瞬間とか。自然のリアルな面を陶芸で表現している人はそこまでいなくて。その意味で、方向性は固まりましたね。

―― なるほど。そうしてあのタコの作品「蛸卵」が生まれたんですね。構図っていうんですか。いろんなタコがいるわけじゃないですか。ウィンナーのタコさんから。「こういうのにしよう」はあったんですか。

千代 モデルはあるのですが、リアルで本物みたいにとは思っていなくてちょっとデフォルメしたものにしようと思っていました。最初におおまかな構図をつくってしまって、いろいろ動かしながら、「ここはもうちょっと」というふうに調整しながら、足が単純なかたちにならないようにバランスは意識しました。

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「蛸卵」の制作風景

―― デフォルメってその人のオリジナリティであり、おもしろさであり、むずかしさもあるのかなと。そういうのっていうのはセンスなんですかね。

千代 実は、陶芸をはじめる前にアニメの絵を勉強していました。というのも絵を描くためには立体を把握しないとかけないので、そこを磨けば幅が広がるんじゃないかなと。

特殊メイクやっているときは現物しか見ていなくて、リアルを追求する考えだったのですがデフォルメによって単純化されたキャラクターもおもしろいなと。それといままでのリアルを組み合わせて、割合としてはリアル7、デフォルメ3がいいんじゃないかなって。

―― それが今になって活きているんですね、立体表現するための絵の技術がここにつながっていると。陶芸という表現ツールを使うにあたって、特殊メイクのノウハウもありますか。

千代 そうですね。実は、陶芸の材料たとえば粘土なんかは特殊メイクのときとあまり変わらないんです。ただ、そのまま焼くので、細さと厚みには気をつけないと粘土が乾くまでの差でヒビが入るとか。

粘土の扱い方は知っていましたし、彫刻する道具も持っています。特殊メイクのときと異なるのは、釉薬という色の薬をかけるので、いままでの造形のフィギュアとは色の出方がちがいますし、独特の光沢が出ます。あと、プラスチックの素材は劣化するんですけど、陶器って半永久的で、ずっとそのままなんです。

―― 明治時代の作品が今でもきれいな状態で残っているわけですね。自分の作品が100年以上も保たれるのは魅力の一つですね。作品は生き続けるみたいな(笑)。

千代 そうですね。素材でいうと粘土って自然からできていますよね。プラスチックよりも、意味が出てくるんです。釉薬って鉱物を擦ってつくったものもあるのですが、材料の自然という点も大切にしていきたいなと思っています。

自己プロデュースが求められるいま。

―― 今後に向けて、方向性ががっちり固まっているように感じますが、今後についてどう考えていますか。

千代 当たり前ですけど「どうやって人に知られていくか」。むずかしく感じています。もちろん公募展などに出品して、賞を獲っていくなど方法はあります。ですが、つくるだけじゃ、技術だけあっても閉じてしまう。作品と自分を世に広めていく能力、自己をプロデュースする力は必要だなと。若手の陶芸家を集めてイベントをされている方を知っていますが、そういう能力って自分ないなあって(笑)。勉強していかないと。

―― 実践をしながら着実に歩んでいきたいですね。そんなわけで3月に個展をぜひやってみようと。意気込みをお願いします。

千代 タコの「蛸卵」をきっかけにこの個展の企画は始動しました。自分のやりたい表現を探しているうちに陶芸と出会い、「動物の生と死」、「食うか食われるかの捕食の世界」、「地球上の生物の不思議」などをテーマに、作品制作に没頭していきました。その中でも新作は「捕食」を中心に置いた作品になっています。ぜひ注目してほしいですね。

やっとスタートラインを切れたかなという心持ちです。この機会に自分の作品をたくさんの方にみていただき、また2回、3回と作品発表の場をつくっていきたいと思います。

―― 初個展、恵比寿の弘重ギャラリーの開催、楽しみです。千代さん、ありがとうございました!

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2016年10月 深大寺にて
※『ほぼ日の塾』「陶芸だから、できること。」の記事を再編集しています。

profile_re古東風太郎

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